ブログ de 北條 in 韮山・修善寺編③

昨日、「よいお年を~」と言っておきながら、
今日、ブログを更新してたりもします

北条ブログ「韮山・修善寺編」が完結しないまま、
年は越せませ~ん
と、いうことで、やっと③を更新

公開112

韮山から修善寺へ移動してきた私たちは、
早速お昼ご飯を食べて、満腹
そのまま、しばし、北条から離れ、女子旅モードへ

ミシュラン2つ星の観光名所
「竹林の小径」を歩いたり、
伊豆最古の温泉と言われている、
「とっこの湯」で足湯をしたり、
お土産物屋さんをフラフラ眺めたりと、
修善寺の温泉街を散策しました

公開113

ちなみに、この「とっこの湯」は桂川で、
病父を洗う少年に心打たれた弘法大師が
独鈷(とっこ・仏具)で川の岩を打ち霊湯を湧き出させ、
温泉療法を伝授したという、伝説があるそうです

そんな伝説があるぐらい、修善寺は昔から温泉療法の地として、
人々に親しまれていた場所なんでしょうね~

そういえば、北条早雲も、
伊豆侵攻の際には修善寺で湯治客を装って、
情報収集をしていたそうですよ

公開114

ちなみに、修善寺は、もともと弘法大師が開創されたといわれています。
そして、南北朝時代に荒廃していたところ、
当時、韮山城にいた早雲により再建されました

その後、早雲は、1519年に韮山城で大往生をとげ
(正確な誕生年が不明なため88歳説と64歳説があるが、
いずれにしても、この時代では大往生だと思う)
遺言により、この修善寺でだびにふされました。

そんなことを考えながら修善寺の中へ

公開115

そうそう、ここの手水舎、水ではなくて、
温泉なんですよ

かじかんだ手に柄杓ですくったお水をかけた瞬間、
温かい温泉に、ビックリしました

今回は足湯と、ここの手水舎の温泉しか楽しめなかったから、
次回は是非、温泉に入りに行きたいな~

公開116

と、いうことで、修善寺も堪能して、帰路につきました

伊豆箱根鉄道の車内から、
ちょうど、夕暮れ時のこんな富士山を
見ることが出来ましたよ

韮山で富士山にお目にかかれなかったので
車内で富士山が見える度に
カメラをかまえて窓に張り付いてました

さて、富士山も無事に見られたところで、
韮山・修善寺編も完結です

北条ブログもひとまずここまで
今回のブロガーコンテストは1月中に審査されて、
3月に結果発表されるそうです

結果はどうあれ、
今回、この企画に参加できて、
北条氏や小田原のことを知るきっかけになりましたし、
なによりも、楽しく3か月間を過ごすことが出来ました

自分の足で見て回った分、
北条氏への愛着も深くわきました

まだまだ、行けなかった場所もありますし、
知らないことも多いので、
ブログコンテストが終了しても、
今後も機会があれば、北条氏ゆかりの地を
訪ねてみたいな~と思っております
その時は、また、このブログで皆さんに報告しますね
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ブログ de 北條 in 韮山・修善寺編②

なかなか更新できずにおりましたが、
韮山&修善寺編②です

韮山城の本丸跡から下りる途中、
こんな景色に出会いました

早雲さんも、こんな景色を眺めていたのかしら?
と感慨深いものがあります

公開91

そして、城池の方からながめた韮山城跡が
こちらです

公開92

案内看板によると、当時から、
このあたりには湿地が広がっていたそうです

ちなみに、この韮山城も
秀吉の小田原攻めの際には当然、攻められましたが、
4万の軍勢に取り囲まれながらも、
約3か月持ちこたえたそうです。
その後小田原城の開城と同じころ開城したそうです。

公開93

その後、城池の周りを強風の中、ぶらぶらと散策しました

韮山はイチゴの栽培が盛んのようで、
直売店でイチゴジャムなどを購入しましたよ

そうそう、散策中にこんな鳥が近くに降り立ちましたよ。
この鳥はアオサギかな?

今、気が付きましたが、木の側に養蜂用の蜂の巣(木箱)がありますね~
そういえば、近くにハチミツ屋さんもありました!!

そして、再び歩いて、韮山駅へ
今度は来た道の反対側の道を、
ちょうど、韮山城をぐるっとまわって、歩いてもどりました

公開94

再び、伊豆箱根鉄道に乗り、
今度は終点の修善寺へ

そうそう、この
伊豆箱根鉄道駿豆線(通称いずっぱこ)の
全てのつり革のうち、ひとつだけある「ハートのつり革」。
今ドラマで話題ですよね

「2人一緒につかんだ男女は、永遠に結ばれる」という都市伝説もあるとか…。

せっかくなんで、行きかえりと車内を、一応、探してみましたが、
私たちが乗った車両にはどうやら、なかったようです

ま、色気よりも食い気にご縁があれば、、、
と、修善寺でお待ちかねのランチタイムです

公開95

修善寺では黒米を使ったお料理などが有名だそうで、
米粉つながりをここでも感じつつ、
「神農黒米そば」なるものを食べてみました

つなぎに、黒米が使われていて、
「普通のおそばよりもやわらかめ」と説明にありましたが、
やっぱり、しっかりした弾力もあり、とても美味しかったです

そんなところで、③へとつづく

ブログ de 北條 in 韮山・修善寺編①

先日、強力な冬将軍が襲来した頃、
韮山&修善寺へ行ってまいりました

そして、今回はいつもと違って、
一緒に行ってくれるという友人との
女子旅になりました

公開81

まずは、小田原から熱海→三島へと電車を乗り継ぎ
(ほんと、少し電車に乗ると、静岡県なんですよね~)
三島駅から「伊豆箱根鉄道」で「韮山駅」へ

約20分で「韮山駅」に到着
早速「韮山城址」を目指して、案内看板を頼りにてくてく歩く

が、いきなりまた、道に迷う
だって、案内看板が一番大事な分岐点になかったんですもの~
三島編でお分かりのように、
私、思い込みでドンドン道を進んでしまうタイプの
方向音痴です

今回は一緒に来てくれたお友達のためにも、
「?」と感じたら、すぐに地元の人に聞くという作戦を
すぐさま実行

ワンちゃんをお散歩中のマダムに丁寧に教えていただきました
やはり、まんまと、真逆へ進むところでした

ちなみに、真逆には「北条」は北条でも
鎌倉幕府の方の「北条氏」
「北条政子」さんにゆかりの井戸や
北条義時のお墓などがあります

そんなこんなで、駅からあるくこと約20分
なんとか無事「韮山城跡」へ到着

公開82

韮山城は北条早雲が堀越御所の内紛に乗じ、
将軍足利義正の甥である足利茶々丸を滅ぼし、
いわゆる下剋上そして、戦国時代の口火を切り、
その後、伊豆を平定していく際の重要な拠点です。

そして、早雲は小田原城を落とした後も、
小田原へは移らず
1519年に死去するまでここを住まいとしていました

そんな早雲さんお気に入りの山城、、、
今回も山と覚悟していましたが、
前回の山中城と違って、駅から歩いていける距離
そして、意外と坂道も穏やかです

今も、本丸や二の丸などの
曲輪や土塁・畝などが残っています

公開83

本丸の標高は約42メートルで、
街を見下ろせるようになっています

本丸からみた、城の山側はこんな感じ

公開84

で、反対側からは、富士山が
くっきり、きれいに見えるはず
が、、、こんな感じに雲が富士山の周りにだけ集中

公開85

冬将軍の強風にも耐え、
しばらく富士山の雲が取れるのを待ってみましたが、
あえなく断念

本丸を下りて、城池の方へ行ってみました
②へつづく

ブログ de 北條 in 三島③

山中城跡公園から、三島市内へと戻ってきました

三嶋大社の辺りはまだまだ人出が多く、
今度は人が多くて歩きにくい

山道を歩いて、お腹もすいていたので、
まずはお昼ごはんを食べたかったのですが、
この人の多さ
そして、有名なうなぎ屋さんは、なんと2時間待ちの大行列

ひとまず、お昼ごはんを後回しにして、
先に三嶋大社に参詣しました

が、ここがイベントや結婚式・七五三で
一番混んでいたりもする

公開67

三嶋大社は源頼朝が源氏再興を祈願して、
旗揚げしたことで有名

立派なイチョウの木が綺麗に黄色く染まっていました~

公開68

北条早雲も、ここ三嶋大社へ訪れ、
武運長久を祈願したそうです。

そして、ある夜、2本の杉の大木
一匹のネズミが、かじり倒し、
その後ネズミが虎 になった夢を見て、
関東の両上杉家をネズミ年の自分が倒すのだと確信
三嶋大明神が教えてくれたと喜び、
太刀などを奉納したそうです。

その後、関東へと進出していきます

公開70

そんな早雲さんの伝説にあやかって、
私もおみくじをひいてみました

おみくじの中に、
縁起物を小さくかたどった物が入っているタイプのもの

看板に描いてあった、
招き猫とか、小槌とか10種類ある縁起物の中で
何が入っているかな~とわくわく

そして、開けて、ビックリ

まさかの、「米」(もみ)

公開71

ああ~、やっぱり私には「お米」なんですね~
一粒の「こめこめこ」も、いつか万倍になると信じて、
これからも、精進いたします

公開69

結局、お昼ご飯は、街中で開催されていたフードイベントで、
「うなぎ弁当」1300円を、なんとかゲットし、
公園でいただきました

その後、たまたま無料開放されていた
「楽寿園」を散策
天然記念物に指定されている池のエリアなどを
見学して、帰ってきました

と、いうことで、三島編はこれで終了~
北条ブロガーコンテスト期間はあと1か月、、、
もう一か所ぐらい北条ゆかりの地へ行きたいな~と
ただ今 計画中です

ブログ de 北條 in 三島②

①に引き続いて、山中城跡公園編
V字に広がる山城の右側の方へ~

富士山と米粉ガトーショコラで
再び元気を取り戻し、
いよいよ、ついに、噂の「障子掘」がある右側へ

が、いきなり、道に迷う
あとで、近道のルートがあったことに気が付きましたが、
どうやら、私たちは、
わざわざ遠いルートを選んでしまったらしく、
国道1号線に沿って歩いてしまい、
北の丸(一番右端のエリア)から散策することに

公開62

で、こちらのエリアはけっこうな急斜面を上ります
そして、くねくねとした滑りやすい山道が続きます

そうですよね、もともと軍事的な要素の強い城ですもの、
そうやすやすと攻め込まれないようになっているんだから
今も、歩きにくくて当たり前なんですよね

途中には、こんな掘りが随所に見られます

こういう小さな堀もきちんと今まで保存されているってことが、
すごいことなんですよね~
だって、1560年代に築城されたお城の跡なんですよ

そうこう思いをはせながら歩いていると、
やっと、V字の右上、ついに、西の丸エリアに到着

これが、北条氏の特徴が出ているといわれている、
「障子掘」

公開63

なんで、「障子掘」というかというと、
どうやら、入り組んだ形が、「障子のさん」に似ていると
いうことからついたそうですが、、、
角度によっては、そう見えなくもない?
かなという感じ

公開64

そして、こんな形の堀も掘られています

こんな感じに一つ一つ堀が
区画されて掘られているので、
一部は地下水を中に溜めて用水池を兼ねたり、
敵が水の中に落ちる?ということを想定した
水堀だったらしい

公開65

堀の一つ一つの区画はかなり深く掘られていて、
なんと、深さは9メートル以上、
傾斜は55度の急斜面
しかも、関東ローム層の滑りやすい土
それは、一度落ちたら、這い上がれない
まさに蟻地獄状態になっています

だった、はず、、、なんだけどね~
こんなに、複雑に、こりにこった堀を掘って
豊臣軍を迎え撃つ準備をしていたのに、、、
攻め込まれて、たった半日で落城ですよ
やっぱり圧倒的な兵力の数には勝てないということでしょうか。。。

逆に、区画をわざわざ時間をかけて複雑に作らずに、
ただ長~い堀にしておいた方が、
かえって攻めにくかったのでは?
と、思わずにはいられないけど
そういうところが、北条軍らしいところなんでしょう

今もこの堀をわざわざ見に来る観光客が
こんなにいるんですもの
そう、そして、ただ長いだけの堀ではなく、
この山肌に沿って複雑に掘られた堀だからこそ、
感動する美しさなんですよね

そうそう、西の丸からも、
富士山がきれいにみえますよ~

公開66

西の丸を取り囲む「堀」を満喫して、
下山
戻りは池の横を通って近道で

前回、一夜城でも、山城の生命線は水
と勉強しましたが、
ここも、標高580メートルの山城ですが、
湧水が豊富に湧いてたので、
池や井戸が作れたんですね~

そして、山中城跡公園から、
三島大社へとバスで移動

③へつづく
プロフィール

comecomeco

Author:comecomeco
神奈川県

一般財団法人
日本穀物検定協会認定 
米粉食品指導員


国産米粉8割に
小麦粉グルテン2割を
入れた米粉で
手ごねのパンを

米粉100%
(グルテンフリー)で
ケーキやお菓子を
作っています。

またスープなど
米粉を活用した料理や
脱脂大豆粉を使った
料理・お菓子なども
研究中です!

「こめこめこ」ホームページ
http://www001.upp.so-net.ne.jp/comecomeco/





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